だから私は雨の日が好き。【花の章】





「大丈夫か?杉本」



声色に優しさが滲んでいて、それに苦笑いを零す。

もう貴方の傍にいない私に対してそんな声を使うのは、山本さんが可哀相だ、と。

そんなことを考えた。




「そんなに飲んでないわ、大丈夫よ。それより、櫻井君」


「なんだよ」


「そんな優しさを振りまいちゃ駄目よ。勘違いされるわよ」


「なんだ、それ」


「優しくするのは、山本さんだけにしなさい。そうでないと彼女が可哀相だわ」




当たり前のことを言ったのに、櫻井君は驚いたような顔をした。

そんな顔をされると思わなかったので首を傾げてしまった。

すると、顔をくしゃくしゃにして櫻井君は笑った。

その顔は無防備に笑う時の顔で。

私はどうしてそんなに笑われたのかを必死に考えていた。




「ちょっと。なんでそんなに笑ってるのよ」


「――――っ!悪ぃ、悪ぃ。いや、思ったよりも自分は自惚れてたな、って実感したんだ」


「何よ、それ」


「いや。まさか杉本に時雨の心配をされるとは思わなかったってこと」


「え?なんでよ?だって、可哀相じゃない」


「いやいや。お前、最後に会った時ブチ切れてたじゃねぇか。時雨に向かってタンカ切ってみたり。そんなヤツが言う台詞かよ」




可笑しくてたまらないと言わんばかりに、櫻井君は笑った。

言われた台詞を反芻して、考える。


私が『山本さんを心配するのは有り得ないことだ』と、櫻井君は言った。

女として、自分の彼氏が違う人に優しいことを良しとするなんて。

有り得ないことなので、正論ではないか。


では、櫻井君は何に『有り得ない』と言ったのか。




< 131 / 295 >

この作品をシェア

pagetop