だから私は雨の日が好き。【花の章】
「亜季。お前は、自分のことには頭回らねぇのな」
「何よ、兄貴まで」
レッドアイを持ってきた兄貴にまで呆れられ、全く腑に落ちないままそれに口を付けた。
櫻井君は煙草に火を付けて、兄貴に注文をした。
兄貴と目を合わせている櫻井君がにやりと笑う。
その顔。
さっき社長室で見た顔にそっくりで、少し嫌な気分になった。
「杉本。前のお前なら。時雨に嫉妬することはあっても、心配なんてしないんじゃねぇのか?」
嫉妬。
妬み(ねたみ)と嫉み(そねみ)。
そんなもの、欠片もなかった。
想い浮かびもしなかった。
「俺、もう少し好かれてる自信あったんだけどな」
「お前自身は好きだけど、亜季以外の女に夢中のヤツは駄目だ。これでも大事な妹なんでね」
「そりゃそうですね」
兄貴らしいことを言って、そのまま櫻井君のお酒を作りに行ってしまった。
二人の会話を聞いて櫻井君を見つめる。
その人が吸っている煙草の匂いを嗅いで、不意に脳裏に一人の人が浮かんだ。
その人は、今日帰って来ると言っていた。
同じように同期忘年会に参加し、山本さんと一緒に飲んでいるであろう、その人。
背が高く、あまり表情が読めず。
それでも綺麗な黒目に全ての感情を映し出す人。
その人が、今。
山本さんといることの方が、私には苦しいことに想えた。
「杉本?」
「え、あ・・・何?」
「お前、顔に出るのは変わんねぇな」
呆れたように、それでも嬉しそうに。
櫻井君は笑った。
それは私の幸せを願ってくれている笑顔だと、分かった。
何故だかわからないけれど、分かってしまった。