だから私は雨の日が好き。【花の章】






その日は、太陽が雲の中から顔を出すことが一度もないまま夜を迎えた。

時刻は二十三時を指しており、凍えるような寒さの中、年明けまであと一時間となっていた。

それでも大型ビジョンの前には沢山のカップルや、女性の団体が集まっている。


今年のカウントダウンイベントは、香水の販売。

去年発売した『スノー・ドロップ』が大好評だったため前評判も良く、お客様の入りも上々だ。

年明けとともに去年の香水の販売が終了し、新たな香水が販売される。


去年この事業を成功させたのも森川君だったのだ。




「やあ、待たせたね」


「いえ。お疲れ様です」




関係者入口に立っていると、社長が歩いて近づいてきた。

人ごみの中、車を乗りつけるようなことをしないのを知っていたので、歩いてくることも想定の内だ。

大晦日くらい、孫と一緒に過ごせばいいのに。

そんなことを思ってみたものの。

相手の副社長と森川君を気にっているこの人なら、年越しの僅かな時間であっても足を運ぶのだろうと思った。




「では、中に行こうか。副社長には以前お話してあるから、そのままプレスルームへ向かおう」


「畏まりました」




『アポの心配はしなくていい』と連絡が入ったのは、同期忘年会の翌日のことだった。

朝七時に電話をかけて来て何事かと思ってみれば。

どうでもいい同期忘年会の報告をさせられ、最後に一番大切なアポ取りの話をされたのだ。

最初の方は完全にただの叔父さんで。

最後は仕事の声色をした社長だった。




< 135 / 295 >

この作品をシェア

pagetop