だから私は雨の日が好き。【花の章】
熱
その日は、太陽が雲の中から顔を出すことが一度もないまま夜を迎えた。
時刻は二十三時を指しており、凍えるような寒さの中、年明けまであと一時間となっていた。
それでも大型ビジョンの前には沢山のカップルや、女性の団体が集まっている。
今年のカウントダウンイベントは、香水の販売。
去年発売した『スノー・ドロップ』が大好評だったため前評判も良く、お客様の入りも上々だ。
年明けとともに去年の香水の販売が終了し、新たな香水が販売される。
去年この事業を成功させたのも森川君だったのだ。
「やあ、待たせたね」
「いえ。お疲れ様です」
関係者入口に立っていると、社長が歩いて近づいてきた。
人ごみの中、車を乗りつけるようなことをしないのを知っていたので、歩いてくることも想定の内だ。
大晦日くらい、孫と一緒に過ごせばいいのに。
そんなことを思ってみたものの。
相手の副社長と森川君を気にっているこの人なら、年越しの僅かな時間であっても足を運ぶのだろうと思った。
「では、中に行こうか。副社長には以前お話してあるから、そのままプレスルームへ向かおう」
「畏まりました」
『アポの心配はしなくていい』と連絡が入ったのは、同期忘年会の翌日のことだった。
朝七時に電話をかけて来て何事かと思ってみれば。
どうでもいい同期忘年会の報告をさせられ、最後に一番大切なアポ取りの話をされたのだ。
最初の方は完全にただの叔父さんで。
最後は仕事の声色をした社長だった。