だから私は雨の日が好き。【花の章】





「森川、なんで普段吸わないんだ?」




たばこの煙を吐き出すを俺を見ながら、櫻井さんは不思議そうな顔をしていた。

大人の顔とあどけない表情の両方を持つ人。

男の俺から見ても『綺麗』な部類に入るこの人は、自分が他人からどう見られるのかを良く知っている。




「別に理由はないですよ。家では普通に吸いますし」


「そうか。俺は飲み会の時に吸わないとしんどいけどなぁ」


「まぁ、多少は」


「会社でそれだけ吸わずに居られるなら、止めれるんじゃないのか?」


「それは、無理ですね」




即答だった。

確かに吸わずに居られるが、止めることは到底出来る気がしなかった。


何をきっかけに吸い始めたかさえ覚えていないが、今やたばこは精神安定剤だ。

落ち着かない時にたばこを咥える癖が付いてしまっている。




「意外だな」


「そうですか?」


「あぁ。でも納得もしてる」


「納得?」


「お前にこそ、気持ちを落ち着けてくれるものが必要だよな」




凍えそうな寒さの中、たばこを消す匂いがした。

自分の体温が奪われていくのが分かったが、なんだか此処から動けずにいた。

自分の吸っているたばこを消す。

さっきよりもずっと冷たくなったビールを、少しかじかむ手で持ち上げた。




< 14 / 295 >

この作品をシェア

pagetop