だから私は雨の日が好き。【花の章】
「森川、なんで普段吸わないんだ?」
たばこの煙を吐き出すを俺を見ながら、櫻井さんは不思議そうな顔をしていた。
大人の顔とあどけない表情の両方を持つ人。
男の俺から見ても『綺麗』な部類に入るこの人は、自分が他人からどう見られるのかを良く知っている。
「別に理由はないですよ。家では普通に吸いますし」
「そうか。俺は飲み会の時に吸わないとしんどいけどなぁ」
「まぁ、多少は」
「会社でそれだけ吸わずに居られるなら、止めれるんじゃないのか?」
「それは、無理ですね」
即答だった。
確かに吸わずに居られるが、止めることは到底出来る気がしなかった。
何をきっかけに吸い始めたかさえ覚えていないが、今やたばこは精神安定剤だ。
落ち着かない時にたばこを咥える癖が付いてしまっている。
「意外だな」
「そうですか?」
「あぁ。でも納得もしてる」
「納得?」
「お前にこそ、気持ちを落ち着けてくれるものが必要だよな」
凍えそうな寒さの中、たばこを消す匂いがした。
自分の体温が奪われていくのが分かったが、なんだか此処から動けずにいた。
自分の吸っているたばこを消す。
さっきよりもずっと冷たくなったビールを、少しかじかむ手で持ち上げた。