だから私は雨の日が好き。【花の章】





櫻井君は、とても真剣な目をしていた。

それは私があまり見たことない顔で、これが仕事をしているこの人の顔なんだと知った。

その表情を見て山本さんが笑う。

自信に満ちた笑い方は、お互いの表情や空気だけで『理解している』と伝えているようだった。


櫻井君に言われた指示はもっともだったので、すぐに仕事の顔に戻る。

秘書として出来ることを考え、まずは関係者入口で社長を待つことにした。

安全な場所までご案内して見学をする。

内部モニターでは物足りないと言いかねない自分の上司に、少しだけ苦笑いを零した。




「社長が無理をおっしゃたのでは?申し訳ありません、お手数ばかりおかけして」


「いや、いい。俺がしたいこともあったから、むしろこちらが無理を言わせてもらったんだ」


「・・・ホントに、何したのよ・・・」




呆れたように吐き出した彼女の声は酷く冷たくて。

そんな声も出せるのだな、と笑いを堪えるのが大変だった。

山本さんの低い声に頭が上がらない櫻井君。

いいバランスで、いいコンビだ。




「では、私はこれで。イベント、楽しみにしてますわ」


「わざわざお越しいただいて、本当にありがとうございました。またゆっくりお越しになってください。いつでも大歓迎ですから」


「ありがとう、山本さん」




入口で一礼をして関係者入口に向かう。

不意に想い出したのは、森川君に言われた言葉。



約束の時間まで、あと十五分。



結局仕事になってしまったので、どうすることも出来ないけれど。

約束の場所にいられたことだけで良しとしてくれるかどうか。

それは彼次第のような気がしていた。




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