だから私は雨の日が好き。【花の章】
関係者入口でスタッフパスを返して、出口の内側に立っている。
時刻はすでに二十三時五十分。
ここから移動して、本当に大型ビジョンに映る映像を見ることが出来るのだろうか。
そんな不安に駆られながらも、社長なら人ごみでも喜んで見てくれるだろうに、と想った。
廊下の方からバタバタと慌ただしい音が近づいて来て、現場はギリギリになると大変なんだな、と悠長なことを考えていた。
沢山の足音が聞こえたかと思えば、単独の足音がどんどん近づいてくる。
見つめていた廊下の奥から走ってくる人影に驚いて、息を呑んだ。
「森川君・・・」
「急いで上着着て!移動するからっ!」
「え・・・っ」
「あー、もうっ!!早く上着を着ろってば!!」
苛立ったような声で感情丸出しの彼は、さっきの爽やかさなんて欠片もなくて。
いつもは固められている前髪も自然と落ちてきてしまっている。
久しぶりに見た幼い顔に、胸の奥がドクンと音を立てたのが分かった。
苛立っている彼の声に反応してとりあえず上着を着たものの。
社長もいないのにどうすればいいのだろう、と仕事のことを頭がよぎった。
それなのに。
彼の熱い手に掴まれてしまったら。
もう何も考えることが出来なくなっていて。
仕事とか、クライアントとか。
頭の中から吹き飛んでしまった。
人ごみの脇をすり抜けて、一番空いているスペースを駆けていく彼。
私がヒールであることもお構いなしなので、とにかく必死で付いて行く。
頑張れというように強く握られた手が熱い。
凍えるような冬の夜。
私達は初めて手を繋いだ。
お世辞にもロマンチックと言えない手の繋ぎ方に、何故だか泣きそうになってしまった。