だから私は雨の日が好き。【花の章】
「森川く――――――」
「俺の名前、輝(ヒカル)って言うんだけど、知ってた?」
そんなことを言った彼の顔を見つめる。
笑っているその人の瞳の奥は揺れていた。
不安であることがすぐに分かって、繋いでいる手に力を込めた。
握り返してくれた力があまりに強くて。
私は、それと同じ力を返すことが出来なかった。
「・・・知ってたわよ」
「じゃあ、呼んでよ」
「なんでよ」
「なんだっていいだろ?呼んでくれよ」
手を引かれて、向い合せになる。
見上げる彼の顔はなんだかとても情けなくて。
お世辞にも『男らしい』と呼べるような顔つきではなかった。
そんな顔を見るといつも幻滅しかしなかった私が。
彼に対しては、そんな感情が浮かんでこなかった。
それどころか。
自分の気持ちを自覚してしまった今は情けない姿さえも、いとしい。
そんな感情が溢れてしまいそうで、真っ直ぐ見つめることさえ恥ずかしかった。
三十四歳にもなって。
恋愛経験だってそれなりにあるつもりなのに。
こんな些細なことが恥ずかしいなんて、馬鹿げている。
どうしていいか分からず、思わず目を逸らしてしまった。
その仕草が気に入らなかったようで。
片手を頬に寄せて自分の方を向かせようとしてきた。
今目を合わせたら泣けるかもしれない、などと。
余計なことを考える暇もなく。
目の前にある彼の瞳と目が合った。
真っ黒で、綺麗な目。
その目は真っ直ぐ私を見つめていた。