だから私は雨の日が好き。【花の章】
「もう着くよ」
見えてきたのは、丘。
それと広がる緑と黄色のコントラスト。
遠くからでも良く見えるその色に、小さく息を呑んだ。
「あの丘のところね」
「そう。本当は行ってから驚いて欲しいんだけど、車の窓から見えるのが残念」
「ううん。凄い・・・」
想い出すのは、今年の年明け。
強い力で手を引かれた、あの日。
駅前のビジョンに移された向日葵と、あの日の輝の声。
あれから大分時間が過ぎているのに。
つい先日のように想い出せる自分に驚いた。
それだけ、あの日のことを大切にしているのだ、と。
想い知らされるようだった。
「着いたよ。降りようか」
「あ、うん。ありがとう、運転してくれて」
『どういたしまして』と優しく返事をした輝が、大きな体を伸ばすように車から降りる。
ドアを開けると、少し湿度のある蒸し暑い空気と、吹きさらしになって吹き込む風の両方を感じることが出来た。
夏らしい空気を吸い込むと、以前より少しだけ伸びた髪の毛が肩の横で靡いた。
「行こうか」
小さく頷いて、その背中を追う。
こういう時に『恋人ではない』と感じるのは、二人で手を繋ぐことがない、ということだ。
手を繋いだのも、あの日だけ。
いや。
あれでは繋いだことになど、ならないかもしれないけれど。
手を差し出してくることも掴まえることもしない輝。
例えここで手を差し出されても、私はその手を掴むことさえ出来ないのだ、と。
私よりも輝の方が理解しているような気がしていた。