だから私は雨の日が好き。【花の章】
隣からはカチカチとライターを鳴らす音が聞こえてきた。
紫煙がゆらゆらと櫻井さんから立ち上る。
俺に目線を向けて、有無を言わさずたばこを渡された。
今の俺には、心底有り難いものだと分かっているのだろう。
迷うことなく受け取り火を付けて、深く深くその煙を吸い込んだ。
「お前とこんな話をすることになるとはなぁ」
何の気なしに呟いた櫻井さんは、どことなく嬉しそうだ。
俺は返事をすることが出来なかった。
女同士じゃあるまいし、恋愛談議など男同士でするものではないと思っていたからだ。
「一応、勝利宣言にはなるんだろうな」
「・・・そんなんじゃ、ないですよ。同僚として、心配はしてましたけど」
バレバレの嘘に、櫻井さんは『そうか』と笑った。
その声が掠れていて苦しそうに聞こえた。
櫻井さんは目の前に広がる冬の空を見上げている。
澄み切った空は、今日がとても寒いことを教えてくれていた。
「森川、時雨の兄貴のことは知ってるか?」
『知っている』と伝えるのは簡単だった。
けれどそれよりも、櫻井さんがそのことを知っている、ということの方が俺には衝撃だった。
あの夏。
時雨が零すように言った『兄がいる』という言葉。
今まで自分の家族のことを一切話さなかった時雨が、とても大切そうに落とした言葉だった。
まるで『その人のことを知られたくない』と想うような話し方をしていた時雨を思い出す。