だから私は雨の日が好き。【花の章】
「じゃあ、来週の日曜にこっちに来るよ。もう準備もで出来てるから」
「あぁ、頼む。俺と一緒にいられるのは二週間くらいか」
「そうなるね。まぁ、俺も色々話を聞きたいからさ」
「製薬の話なんて聞いて役に立つのか?」
「イベントにならない仕事なんてないさ。どんな業界でも俺の商売相手だ」
晩御飯を食べていけと言う姉の誘いを断って、マンションを後にした。
なんだかんだ言っても姉が寂しくない訳がない。
少しでも二人で時間を過ごして欲しいと思った俺は、仕事を帰る口実にしたのだった。
尾上和久(オノウエカズヒサ)、二十七歳。
イベント会社の企画営業部で主任をしている。
仕事は多分、普通の仕事よりも忙しい。
土日祝日なんてものは俺には関係なく、時間外の勤務もザラにある。
それでも俺はこの仕事を気に入っている。
やっと主任というポジションを与えられ、自分のクライアントを拡大できるようになったのだから。
口実のつもりだったが無償に仕事がしたくなった俺は、ふらりと百貨店の化粧品コーナーに立ち寄ることにした。
今度担当することになった化粧品メーカーの様子を確認しておくのもいいだろう、と考えて地下鉄に乗り込んだ。
プライベートも仕事の延長。
それが、俺。
今では仕事の顔が俺なのか、プライベートの顔が俺なのかわからなくなるくらいだ。
俺の本当の顔を知っているのは家族以外いない。
彼女にでさえ。
俺は俺の本当の顔を見せる気にすらならないのだろう、と。
そんな事を考えながら、地下鉄に揺られていた。