だから私は雨の日が好き。【花の章】
当然と言えば、当然なのだが。
櫻井さんがそこまで知っている、ということが、俺をとても苦しくさせた。
誰も知らなかったはずのことを目の前のこの人は知っている。
「夏に聞きました。櫻井さんが告白してすぐくらいに」
「告白のことまでか?そんなことまで森川に言うのかよ」
「まぁ、誘導尋問ですけど。俺は、櫻井さんに報告されてましたし」
「それでもすげぇよ。あいつ、自分のこと話したがらないだろうから。悔しいな」
ははは、と笑って、たばこを大きく吸い込んだ。
悔しいのは俺のほうだと思いながら、同じように笑っていた。
この人に敵うところがあるわけがない、と思って。
櫻井さんが『あいつ』と三人称で呼ぶ声が切ない。
『時雨』と名前を呼んでくれた方が、ずっと苦しさが薄れるような気がした。
本人は気付いていないのだろう。
時雨を『あいつ』と呼ぶ行為が、自分のものだと確かめている証拠なのだということを。
「で。俺はそれを聞いて、どんな反応すればいいんですか?」
「お前、つれないな」
「上司と同僚のノロケ話を聞かされる身にもなってください」
「森川」
声のトーンを落とした上司に、俺は無意識に姿勢を正していた。
その声は、俺を服従させる声だ。
仕事で何度となく俺を叱責し、鼓舞してくれた声だ。