だから私は雨の日が好き。【花の章】
――――――ピンポーン――――――
インターフォンを押すと、オートロックの向こうであどけない彼女の声がする。
付き合って半年くらい経っただろうか。
いつ、どんな出会い方をしたのかさえ憶えていない俺は。
もう既にコイツの『彼氏』と呼べる存在ではないような気がした。
『はーい』
「あぁ、俺」
『待ってたよー。部屋の鍵は空けておくから』
ガシャンという音がしてオートロックが開いた音がした。
俺は返事をせずに、引き戸のその扉を開けて中に入った。
付き合っている間は意外と真面目な俺は、週に二、三度このマンションに足を運んでいる。
それは仕事の帰りだったり、こうして休日の夜だったり。
思い立って突然来ることもあるので、相手がいなくてそのまま帰ることもある。
『何で連絡くれないの!そしたら家にいるのに』
何度も同じことを言われたので、ここに来る前に連絡をする習慣はついたけれど。
合鍵だけは受け取ってやることが出来なかった。
そして。
俺の家の合鍵を渡してやることも、やっぱり出来なかった。
せめて俺に出来るのは。
こうして家を訪れて『気にかけている』という行動をしてやることだけで。
それ以上の言葉も行動も、相手に渡してやることは出来なかった。
ドアノブを開けると、パタパタと奥から足音が聞こえる。
エプロンをつけたままのその姿を、純粋に可愛いと想う。
俺を見つけて、彼女が俺に抱きついてきた。
それを優しく抱き締め返した。