だから私は雨の日が好き。【花の章】
「話がある。中に入るぞ」
「・・・はい」
何故、こんなにも。
この人に逆らえないでいるのか、自分でも分からない。
ただ一つ分かることは。
これから言われる櫻井さんの言葉が、俺にとってあまり楽しい話ではないということだ。
たばこを消し部屋の中へ入っていく櫻井さん。
たばこを吸っていたことさえ忘れていて、俺も慌ててたばこを灰皿に押し付けた。
ぐにゃりと曲がったたばこが自分の気持ちのように思えて。
それから目を逸らすように、櫻井さんの背中を追いかけた。
細いくせに逞しい。
その頼りがいのある背中を。
誰よりも尊敬し、そして誰よりも妬ましいと感じるその人の後を追った。
「悪いな、長いこと外にいさせて」
「いえ。少し身体は冷えましたけど、大丈夫です」
「そこに座ってろ」
声の主は、カウンター越しのキッチンでお湯を沸かしていた。
俺は大人しくリビングのソファーに腰掛けていた。
櫻井さんが大人しくコーヒーなんて出してくれる訳がない、と予想しながら。
それでも温かい飲み物を用意してくれる辺りが、とても櫻井さんらしいと思った。
どことなく殺風景になったキッチンを見て不思議に思う。
前はもう少し物があったような気がするが、大掃除でもしたんだろうか?
この年末の忙しい時によくそんな時間を作れたな、と感心しながら、キッチンを眺めていた。