だから私は雨の日が好き。【花の章】
「次の人事って言ってもね、打診があっただけだから二、三年はかかるでしょう。それまでに考えておいて。この家で誰かと一緒に暮らすという選択肢もあるってこと」
「別に、俺は一人でもいい。元々一人暮らしだったんだ、何も変わらないさ」
「・・・まぁいいわ。ゆっくり決めなさい。今すぐ返事を貰おうなんて、思っていないから」
そう言って姉は立ち上がり、俺のためにご飯の用意をしてくれた。
俺は言われた言葉の意味をしっかりと噛み締め、それでも何を考えればいいか分からないでいた。
心配そうな顔をして近付いてきた姪に弱々しく笑顔を返し。
同じような顔をした義兄さんにも笑って見せた。
姉は、きっと気付いているのだろう。
俺が少し変わったことに。
たまたま出た義兄さんの転勤の話に、俺の仕事や周囲の些細な変化。
気付いていて敢えて何も言わずにいてくれることは、とても有り難いことだった。
けれど、姉の意地の悪さは変わっておらず。
『気付いている』とさりげなく伝えてくる辺りが嫌だ。
結局姉は、俺のことを簡単に見抜いてしまう人で。
逆らうことが出来ないと思い知らされるばかりだ。
一緒に住んでいればいる程、羨望の想いが募っているのは確かで。
以前は『こんな風になれるのか』と想っていた気持ちが、『こんな風になりたい』に変わっていた。
きっかけも分かっている。
想い出した人物にどうやって接すればいいか、と。
そんなどうしようもないことを考えながら、食事の用意されたダイニングテーブルへと足を向けた。