だから私は雨の日が好き。【花の章】
「ほら。ベイリーズ・コーヒー、ホットにしといたぞ」
「ありがとうございます。・・・結局、酒ですか?」
「当たり前だ」
口を付けるたソレはとても甘くて、喉に纏わりつく感じがした。
酒のせいなのか甘さのせいなのかは分からないが、それは俺の気持ちを落ち着けてくれるものだった。
櫻井さんがこんなに甘いものを呑むわけがない。
俺の考え通り、冷え切った身体のくせに櫻井さんはビールの缶を旨そうに傾けていた。
俺のためだけにコーヒーを淹れてくれたことは、明白だった。
向かい合ってソファーに座り、二人とも一言も喋らなかった。
いつもなら居心地が悪いと感じることはないが、今日は自棄に居心地が悪い。
それは、さっき放った櫻井さんの声のせいだ。
何を言われるのかと身構えている俺にとって、この無言の時間は拷問のようだった。
「緊張してるのか?」
何気なく言った櫻井さんは、優しく笑っているように見えた。
だが、その目の奥が笑っていない。
そんな目で見られて怯えない人がいるなら、誰かその方法を教えて欲しいと。
心底思った。
「そりゃ、しますよ。『話がある』なんて、あんなに真剣に言われちゃ」
「まぁ、そうだよな。話はコレだ」
「え?」
バサリと机に置かれたのは、今日俺に渡す予定だった資料。
先方からもらったデータをチェックリストにしてくれたものだった。
しかも、ご丁寧に店舗毎にファイリングがされている。
本当に仕事が早い。
机の上の資料を手に取って俺は中を確認し始めた。
真剣に見入る俺を見て、櫻井さんの笑った気配がした。