だから私は雨の日が好き。【花の章】
爽やかな笑顔で『酒豪です』宣言をされ、個室に店員を呼ぶボタンをカチリと押した。
空になったグラスはまだ薄っすらと氷の膜が残っているほどで。
夏とは違い、玉のような水滴もグラスの表面には見られなかった。
あっけに取られた俺を見てくすくすと笑う顔は、さっきまでバリバリと仕事をこなしていたとは思えない程あどけない。
純粋な素顔と受け取る訳にはいかないが。
それでも、仕事をしている時よりずっと『素』が垣間見える表情だった。
「尾上さんも、何かお飲みになります?」
「南さん、お強いんですよね」
「えぇ。そうお伝えしたはずですが」
「では、日本酒で。お付き合い願えますか?」
怯むことなく彼女を見据え、その目線に彼女は少し驚いた顔をした。
自分らしくない部分を見せれば簡単に引くと思っていたのだろうが、生憎、俺はそんなに優しくはない。
むしろ、見えてきた新しい表情に益々興味が湧いた、というのが正直な気持ちだろう。
個室の襖を開けてやってきた店員に俺の好きな山形の日本酒を注文する。
銘柄を聞いて彼女の顔色が変わるのを、俺は見逃さなかった。
「南さん、日本酒お好きですね?」
「え・・・、えぇ。かなり」
「じゃあ、ゆっくり飲みましょう。夜は長い」
口をついて出た言葉は、本音だった。
夜は長い。
目の前の彼女を知る時間としては十分な時間とは言えないが、それでも長い。
二人で過ごす時間を想像し、仕事では見せない笑みが零れた。