だから私は雨の日が好き。【花の章】
「ほら、行くぞ。どこだよ」
「・・・狡いです、そんな聞き方」
「心配するな。タクシーに乗せたら俺は別のタクシーに乗るから」
手を挙げてタクシーを停め、水鳥嬢をタクシーに乗せる。
座った瞬間に水鳥嬢が揺れた気がして、とっさに腕を掴んでこちらを向かせた。
そこには。
さっきまでの気丈に振る舞っていた面影など一つもなかった。
少し視点の合わない潤んだ目と、背もたれにしっかり寄りかかる姿。
明らかに酔っているその姿に、動揺したのは俺だった。
「おい、住所言えるか」
「・・・平気、です」
「大丈夫かよ」
「・・・はい。運転手さん、――――――まで、お願い、します」
水鳥嬢から腕を離すと、彼女は運転手に住所を告げた。
そして、ドアが閉まろうとした瞬間。
そのドアを開けて、運転手に俺も同乗することを告げた。
「すみません、やっぱり同乗します」
「わかりました。お客さんはどこまで行かれますか」
「同じところまで」
そう告げると、タクシーは夜の街を静かに走り出した。
隣から抗議の声が聞こえてきそうだなと思って目線を向けると。
そこには、あどけなく眠った水鳥嬢の姿があった。
「嘘だろ・・・」
さっきまでケロリとしていた水鳥嬢は、ほんの少し目を離した隙にスヤスヤと眠ってしまった。
告げられた住所はうちと一丁しか違わず。
驚く程近所だったが、マンション名や部屋番号までは分からない。
揺さぶって起こしてみても起きる気配のない彼女を、どうしたものかと眺めたまま。
諦めて運転手に自分の家の住所を告げた。
他にどうすることも出来ない俺は、水鳥嬢を家に連れて行くことに決めた。
二日酔い以上の頭痛の種に悩まされながら。
無防備な水鳥嬢の寝顔を見て、小さく笑った。