だから私は雨の日が好き。【花の章】





「・・・そんな声で、呼ばないでください」


「じゃあ、顔上げろ」


「いやです・・・。絶対に、イヤ・・・」


「無理矢理向かせてもいいのかよ?」


「・・・そんなことするなら、大声を出します」


「出せよ。別に俺は困らない」


「そんな訳ないじゃないですかっ!!!」




結局大声を出すんじゃないか、と少し呆れた気持ちになりながら。

こちらを向いた水鳥嬢の表情に目を見張った。



水鳥嬢は、ぼろぼろと大粒の涙を零していた。



女の涙は打算的で。

別れの涙以外では、俺に何かを訴える、そして俺を責め立てる涙であると認識をしていた。


それなのに。

水鳥嬢の涙は、とても綺麗な涙だと感じた。

その涙は姪の涙によく似ており。

打算や抗議やその他の負の感情なんてものを一切含んでいない。

まっさらな涙だった。




「なんで・・・泣いて――――」

「奥様がいらっしゃるのに、どうして私をこんなところに連れて来たんですか・・・」


「・・・は?」


「子供だって小さいのに・・・、尾上さんが家庭を大事にしてるの、素敵だなって憧れてたのに・・・」


「・・・え?」


「こんな旦那様と結婚できる奥様は幸せだなって・・・。なのに、アタシを自宅まで連れ込んで・・・。アタシの理想をボロボロにしないでください!」




水鳥嬢は、訳の分からないことを俺に言って、そして泣いた。

俺の顔を見ながら、時折しゃくりあげる音を立てながら。

ぼろぼろと大粒の涙を流し続け、必死に鼻水が垂れないように試行錯誤していた。




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