だから私は雨の日が好き。【花の章】
「二人が一緒にいるのを見たのは、たった一度だけだった」
「一度だけ、ですか?」
「あぁ。湊が逢わせてくれなかった、って言っただろ?」
なんて自然に名前を呼ぶんだろう、と思った。
大学の先輩だなんて他人めいたものではなく。
その『湊』という人が、とても特別だと言われているようだった。
「俺が大学三年のころだな。
湊と時雨が手を繋いで歩いてるのを見た。
ベタベタしている訳でもないのに、やけに親密な空気でさ。
それで、分かった。
あぁ、湊が紹介してくれない訳だ、って。
湊にとって、時雨は特別だったんだよ。
適当に遊んでいるのも知ってたし、周りに山ほど女が寄ってくるのも知ってた。
でも湊は、一度だって心を開いたことなんてなかったんだ、って。
時雨に笑いかけてる湊の顔を見て、そう想った。
あいつ、信じられないくらい優しい顔で時雨を見てた」
湊という人にとって、時雨が特別だったことは分かった。
そんな風に大切にしてくれていたのなら、どうして時雨とその人は離れなくてはいけなかったんだ?
そもそも二人は義理の兄妹のはずじゃなかったか?
俺の頭の中は疑問だらけだった。
見透かすように、櫻井さんは意地悪く笑った。
「聞きたいことが、沢山あるだろう?」
その言葉は、俺の反応を楽しんでいるようだった。
悔しくない訳ではないが、それよりも疑問を解消したいという気持ちの方が勝った。