だから私は雨の日が好き。【花の章】
タイミングよく届けられた日本酒を、自分の猪口に注ごうと手を伸ばす。
俺がそうする事をよく理解している彼女は、俺よりも早く猪口に酒を注ぐ用意をしてくれていた。
有り難く手を伸ばし注がれる酒を見ながら、初めて二人で酒を飲んだ日を想い出していた。
『ありがとう』と小さく声を掛けて流し込む酒は相変わらず美味い。
日本酒はやはり、山形産に限る。
「仕事の仕方が変われば、仕事の幅も変わる。それを知る必要があると思ったんだ」
猪口に注がれた酒をぐいと一気に飲み干し、俺を見つめ続ける視線に目を合わせた。
彼女はさっきまでのように怒った顔はしていなかった。
むしろ、何故そこまでしてくれるのか?と俺に疑問を投げかけるようで。
その表情に、俺は穏やかな笑みを返していた。
最近では当たり前になっているけれど。
出逢った頃は、こんなにも自然に笑えるようになるなんて思ってもいなかった笑い方で。
「水鳥嬢の成長は、誰のためでもない。君のためだ」
「・・・狡いです」
「知ってる」
「そんな言い方・・・もう怒れないじゃないですか」
「当たり前だ。本当に駄目そうな時、何度も助けたじゃないか」
「いつもタイミング良く尾上さんが助けに来てくれた理由が、やっとわかりました」
「見たかったからな。変わっていく水鳥嬢を、傍で見ていたかったんだ」
俺は水鳥嬢を見つめてはいなかった。
ただ、空になった猪口を見つめていた。