だから私は雨の日が好き。【花の章】
目の前の彼女はどうしたものか、と思案顔を続けていた。
珍しく俺の猪口が空になったことにも気付いていないようで、俺は自分の手を伸ばして日本酒を注いだ。
慌てたように『ごめんなさい』と口にした彼女に以前の面影を重ねて笑う。
そんなことまで気にしなくてもいいのに、と。
目の前の彼女は二十八歳になり、以前にも増して綺麗になった。
それは外見のことばかりではない。
芯の強さ、真面目さ、気遣い、優しさ、強情さ。
彼女を作る全てのものが、彼女自身を美しくしていくようだった。
「なぁ、俺の下で働かないか?」
「何度もお断りしてるじゃないですか。今の会社が好きなんです、って」
「満足か?」
「え?」
「今のポジションを確立して、安心して働けることが約束されている会社で満足できるのか?」
水鳥嬢は俺の言葉の意味を正しく理解し、そして苛立ちを露わにした。
感情が顔に出やすいだなんて最初に逢った頃は思いもしなかったが、今では顔を見ればなんでも分かる気がしていた。
「安心して働けるなんて、思ったことはないです。自分に出来ることがあるから、今の仕事を続けてるんですから。馬鹿にしないで下さい」
気位が高く、それでいて臆病な目の前の彼女は、そう俺に告げて気持ちよさそうにビールを流し込んでいった。
それは『もうこれ以上話すことはない』という無言の抵抗で、俺はいつもそれを容認していた。
しかし、今日は違う。
そんなことをされても、今日は逃がしてやるつもりはない。
無言の抵抗だけで俺の問いかけから逃げることが出来る、という彼女の認識は間違っているのだ。
俺は今日まで『逃がしてやった』だけなのに、彼女はそれに気付いていないのだ。