だから私は雨の日が好き。【花の章】





「尾上さん・・・なんで・・・」


「嫌なら抵抗しろよ。それくらい出来るだろ、逃げ出すことは出来なくても」


「・・・抵抗する、理由がないんです」


「じゃあ、此処にいろ」




力を込めた俺の腕に応えるように、背中に回された彼女の手にも力が入る。

その力から何を伝えたいのか読み取れない俺は、それほど余裕がないのだろう。


甘えるでもなく離れるでもなく、彼女は距離を不用意に縮めることはしなかった。

そこに苛立ちを覚えるよりも緊張を感じて。

どんな言葉を掛ければいいのかと思案していた。




――――――『そういうのに憧れがあるでしょう?』――――――




姉の言葉はいつも無遠慮で、それでいて核心をついている。

もう随分前に投げられた言葉なのにも関わらず、俺はその言葉の重さを受け止めていた。


顔を見る自信がなかったので、俺はそのままの体勢でいることを選んだ。

彼女の香りが鼻孔をくすぐる度に冷静でいられなくなるこの感情を、俺は今日、初めて知った。




「俺のとこに来い。大切にしてやるから」




含まれた意味は、一つではなかった。


もちろん、部下としてしっかり育てていくことは当然のことだ。

けれど。

それ以上に『一人の人』として彼女を必要としている俺がいた。



初めて知ったんだ。

こんなに揺さぶられる気持ちがあることを。

俺は今日、初めて知ったんだ。




「それってどういう――――――」





無粋な質問を投げかけようとした彼女の口を塞ぐ。

漏れた声にどうしようもなく気持ちがざわついて、もっとその声を聴きたいと想った。



必死に応える彼女は思いの外不器用で、それすらも俺を煽るものだった。

離すことが出来ず、かといってこのままでもいられず、何とか距離を取る。

俺を見つめる潤んだ瞳に、これ以上距離を取りたくないと想った。




「好きだ。仕事だからって、離れてたまるもんか」




軽いキスをして、もう一度強く抱き締めた。

ようやく理解した彼女が、やっと胸の中で甘える素振りを見せた。

それを見つけて舞い上がったのは、俺の方だ。





三十三歳になって、ようやく知った。



これが『恋』だ、と。




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