だから私は雨の日が好き。【花の章】





「どこに?」


「スイス。支社長のアプローチと根回しの良さは、それはそれは素晴らしいものだったわよ」


「赴任時期と自宅の手配。引継ぎに必要な期間の試算から、俺の今後のキャリアプランまで綿密にスケジューリングされててね。条件の良さと責任の重さの両方をつきつけられちゃうと、断る理由もなくてね」


「・・・そうか」




姪には先に伝えていたことが、震える背中から伝わってきた。

水鳥嬢は驚いた顔はしていたものの冷静で、以前からスイスが有力候補であることを知っていたのだろう。


前回とは違う。

外資系製薬会社にとって、ヨーロッパは事業の中核だ。

そして今後の展開を大きく左右するのは、ヨーロッパでの業績や実績によるものが大きい。

そんな中心、それもスイスという医療大国への異動は、すなわち経営の中核に配属されると言っても過言ではない。

何年という単位なんかでは済まされず、もしかしたら会社を辞めるまでヨーロッパにいることになるかもしれない、ということだ。


俺が考えを巡らせていると、姉から静かに名前を呼ばれた。

自分では無表情でいるつもりでも、姉にはそう見えていないであろうことも分かっていた。




「会えなくなる訳じゃないわ。会いづらくなるだけよ」


「あぁ。俺もいい旅行の口実が出来たよ」


「そうでしょ?で、もう一つの相談なんだけど」


「わかってる。この家だろ?売ってもいいんじゃねぇの?立地も築年数も問題ないなら、まだまだ高値で売れるだろ?」




< 231 / 295 >

この作品をシェア

pagetop