だから私は雨の日が好き。【花の章】
水鳥嬢から飛び出した言葉に、俺は目が点になった。
『――――父の会社を辞めるだけでも――――』
言葉を理解するのが俺の仕事なので、人の言葉にはとても敏感な方だ。
それでも、あまりに唐突な発言は俺の理解を飛び越えてしまうような発言だった。
「あの、水鳥嬢」
「はい?」
「水鳥嬢のメーカーの社長は、女性だったよな?」
「そうです。現在は母が社長を務めて、父が会長を務めています」
「・・・は?でも社長は確か『御堂』って」
「母は旧姓のまま仕事をしていますから。父は南を名乗っています」
会長の名前まで調べたことはなく、俺はその衝撃の事実に愕然とした。
むしろ、なんで普通の販売員なんてしていたんだろう、と思うばかりだ。
年商二千億、グループ合計七千億を超える超優良企業の社長令嬢が販売員。
同じ苗字であっても、まさか娘だなんて誰が思うものか。
「水鳥嬢、なんで黙ってた?」
「自分から言うことでもないですし、コネ入社でもないですからね。自分で現場に立ちたかっただけですから」
「そういうもんか?俺は別に気にしないんだけどな」
「・・・わかってます。尾上さんが、そんなこと気にしないのくらい。でも、怖かったんです。みんなその話を聞くと腫れ物のように扱うか、どうにかして家との繋がりを作ろうとするかだったので」
無理もない。
俺には想像もつかない、所謂『社交界』という場に顔を出す機会だってあっただろう。
その中で彼女は、自分の中身を見せずにいる術を得てきたのだろう。