だから私は雨の日が好き。【花の章】
「湊が、二十七歳の時だ。そういえば、今の時雨と同い年なんだな」
「そうですか・・・」
「俺は葬式にも参列してたんだ。
時雨は泣かなかった。
いや、泣けなかったんだろうな。
あまりに現実味がなくて。
冷たい目をしてた。
精気の無いと一言では言えないくらいの、何も見ていない目だった。
とても二十歳の女の目じゃなかったな。
冷め切っていて、それでいて驚くほど女らしい顔だった。
俺は、そんな時雨の姿が目に焼き付いて離れなかったんだ。
だから驚いた。
時雨がうちの会社に入社してくるなんて、思いもしてなかったから」
櫻井さんの声は、想い出話を聞かせるように優しく響いていた。
その声色が苦しそうに掠れていくのに気付いていたが、何も言えずにいた。
ただ聞かされる時雨の過去を受け入れるしかなかった。
「・・・入社してすぐの時雨は、どんな様子でしたか?」
「お前が知ってる通りだよ。荒れ放題だったな。昔の湊を想い出した」
「昔の、湊さん・・・」
「心を開かず、相手を見ず。本当の自分を見せるつもりなんて更々ない、って感じだ」
時雨が適当に遊び歩いていたことを思い出す。
誰か一人に絞らず、ただその場その場で関係を楽しんでいた頃。
たった一人がいなくなって、それを埋める人が見つからなくて藻掻いていたのだと知る。
それでも寂しさを埋める何かが必要だったはずだ。
『誰でもいい』と言ったのは、紛れもなく時雨の本心だったのだ。