だから私は雨の日が好き。【花の章】
「策士、ね」
「え?」
「何重にも張った網と罠。けれど、それを最後の最後まで気付かせない。狡猾な顔でも見せれば門前払いをしてやろうと思っていたのに、その奥に潜んでいたのは『少年』。貴方は無邪気な子供のように純粋に仕事に向き合っているし、それが自分の全てだと知っている人、ね」
言われた言葉を飲み込むのは簡単だったが、それを理解するには時間が必要だった。
それは社長も同様のようで、初めて会ったとは思えない分析力に圧倒されるばかりだった。
会長の放った言葉は俺にとって『真意』であり、『俺自身』を表すに相応しい言葉だった。
優しく笑う目の奥は、もう観察の目ではない。
明らかに好意が浮かぶその表情に向かって、躊躇うことなく安堵の表情を浮かべて見せた。
「どうして他の人は気付かないのかしらね」
「何を、でしょうか?」
「貴方は真っ直ぐなだけだ、ということに」
その言葉に笑ったのは社長だった。
フハッと吹き出すように笑った社長と目を合わせて、会長も笑った。
俺よりもずっと年齢を重ねた大人二人に笑われた俺はいたたまれなくなり、どうしたものかと苦笑いを浮かべる。
会長が社長に目線を移し立ち上がる。
それに応えるように社長が立ち上がる気配がして、一拍遅れて俺もソファーから立ち上がった。
「どれだけのお付き合いになるかわかりませんが、よろしくお願い致します」
会長が差し出した手を、迷いなく握ったのは社長。
力強い声で『少なくとも尾上のいる限りは問題ないでしょう』と自信満々に応えていた。
握手した手を解いて、会長は俺に手を差し出す。
その手に向かって自分の手を差し出した。
「期待しています」
返事をして握りしめた御堂会長の手は、安心感のあるとても優しい手だった。