だから私は雨の日が好き。【花の章】
「水鳥嬢の父上と会うのが難しい以上、その先にある柴田財閥にお会いできないかな、と。ただそれだけですよ」
不敵に笑った俺を見て、会長は深く深く笑った。
その目の奥には優しさが含まれており、水鳥嬢がこの人に大切にされているのだと分かった。
会長が目線をずらして、応接室の窓へと向ける。
それにならって、俺も同じ方向を見つめていた。
「本当は、水鳥さんをうちに勤めさせるつもりだったのよ。でも、義姉夫婦に反対されてしまってね」
「そうだったんですか。ですが、何故反対を?」
「私は家を守る重責を感じたことがないものだから、自由でしょう?水鳥にもそうなって欲しい、と願っていたけれど、義姉達にとってそれは『許してはいけないこと』なのだそうよ」
「水鳥嬢が自由になってはいけない、と?」
「ある意味では正解だけれど、それが全てでもないわ」
言葉遊びをするように会長は笑う。
その横顔はとても穏やかで、仕事の顔ではなかった。
其処に居るのは、水鳥嬢を純粋に心配している伯母上だった。
「水鳥は誰よりも自分の立場を理解していたし、誰よりも状況判断の出来る子だったから、自由になろうなどと考えたりはしなかったわ。自由になることが幸せなことでない、という狡賢さも持っていたわ」
「・・・そうかもしれません」
「私のところで働けば、いずれその自由の先に気付く時がくる、と。義姉夫婦は見抜いていた。だから自分の会社ならば、ということで社会経験をさせてきたのよ」