だから私は雨の日が好き。【花の章】
「水鳥嬢は籠の鳥にはなりませんよ」
会長が窓から俺の方へ視線を寄越しても、俺は笑わなかった。
それは『笑うことが出来なかった』という表現が相応しい。
水鳥嬢のこれからは、他の誰でもない、水鳥嬢だけのものだ。
それを決めることは、他の誰にも出来ないことであるはずなのだ。
もう一度会長が窓ガラスへと目を向ける。
ガラスの外には、羽を広げて飛んでいく白い鳥がいた。
空高く昇って行くその姿を目に映して、そのまま御堂会長へと向き直る。
「あの――――――」
「水鳥は変わったわ。それはきっと、貴方が傍にいたからなのね」
俺へと視線を戻した会長は小さく微笑んだ。
会長の放った言葉は、優しさと嬉しさと、ほんの少しの寂しさを連れて来る。
それは自分が育てたかったという御堂会長の想いと、水鳥嬢を開放するきっかけを作った俺への賛辞だと気付いた。
会長はじっと俺を見つめたまま、それ以上何かを言おうとはしなかった。
「彼女が変わることが出来たのは、彼女自身がそれを望んだからです。そしてそれは、きっと会長のことを身近で見てきたことが一番大きな要因なのでしょう」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
「それはもう。水鳥嬢と会長は、良く似ていらっしゃる」
「・・・ありがとう。尾上さん」
立ち上がって挨拶をする。
伸ばされた手に向かって、自分もそっと手を伸ばした。
この手に『必ず水鳥嬢を取り戻して見せる』と自分の中で小さな誓いを立てた。
道は開かれた。
水鳥嬢へ続く道を、この人が俺に与えてくれた。
もうすぐ会える愛しい恋人を思って、俺は真っ直ぐに笑った。