だから私は雨の日が好き。【花の章】





戻ってきた櫻井さんはビールを両手に持っていて、片方を俺に渡した。

有無を言わさず渡されたが、そのままプルタブを開けて口を付けていた。

冷たい飲み物は意識をはっきりさせてくれる。


不意に視線を感じて櫻井さんを見ると、仕事の時に見せるような真剣な眼差しがこちらを向いていた。

もう何を言われるのも怖くないと腹を括っていた俺は、動揺することなくその目線に答え続けた。




「あいつ、森川の説教一つで男遊びをやめたってことだろ?」


「そうなんですかね?聞いたことがないから、わからないですけど」


「いや、間違いないだろうな。あいつは、お前を大事にしてる」


「・・・なんです、それ?」


「言葉のままだ。森川には『嫌われたくない』とは思ったんだろう」




嬉しくない言葉だ、と想った。

『嫌われたくない』と『大切』は世界で一番乖離のある言葉だと、俺は想っていた。

嫌われることを厭うのに、大切だと伝えることが出来るわけがない。

『大切だ』と伝えて『嫌われてしまったら』と、考えずにいられるわけがない。

そんな矛盾を抱える言葉だと、知っていた。




「・・・嬉しくないですね」


「そうだろうな。お前は時雨を『大切にしたい』と想ったんだからな」


「・・・人を見透かすのは、やめてください」


「同じ女に惚れたんだ。気付かないわけないだろう」




俺はもう、否定することが出来なかった。

時雨を好きだという気持ちを、これ以上否定したくはなかった。




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