だから私は雨の日が好き。【花の章】
「近いうちに時雨と暮らす。それまでに、自分の気持ちを考えておけ」
「は・・・?考えておけ、って・・・」
「そのままの意味だ」
その言葉が胸に重く落ちたと同時に、俺は櫻井さんから目を背けてしまった。
――――近いうちに、時雨と暮らす――――
もう、本当に手の届かないところまで行ってしまう。
どんなに足掻いても、どんなに後悔しても仕方がない場所へ。
それは、今まで俺が隠し通してきた全てを『これからも貫かなくてはいけない』ということだ。
俺の気持ちは行き場を失う。
もう二度と、誰かに知られることもなく、時雨に伝えることさえ出来ないものになる。
「考えておけ、も何も。二人のことを俺は――――」
「本当にそれでいいのか?時雨の幸せは、時雨が決めるべきだ。俺は、それでいいと想ってる」
その言葉は俺の気持ちを揺さぶった。
それと同時に『やっぱり敵うわけがない』と想った。
「・・・なんですか、それ」
「ん?」
「時雨の気持ちは、どうなるんです?櫻井さんを選んだ、あいつの気持ちは!?」
「時雨の気持ちは、時雨のものだ。俺の気持ちに応えて俺を選んでくれるというのなら、そんなに嬉しいことはないけどな」
「・・・それじゃあ、選ばれなくてもいいって言うんですか?」
「時雨が幸せなら、それでいい」
この人の言葉は、諦めではなかった。
自分が傷つくことなど厭わず、相手のことだけを考えられる人は、世の中にどれだけいるのだろか。
この人のこういうところに、俺も時雨も惹かれるんだな、と想った。