だから私は雨の日が好き。【花の章】
「森川・・・本当に、どうかした?」
その声に驚いた。
突然かけられたわけではないのに、時雨の声が俺の身体を巡っていった。
時雨の声が震えて聴こえた。
俺の願望なのかもしれないけれど。
出逢ってすぐの頃に言った言葉は、違う人へと向かいだしている。
時雨が『たった一人を見つけ出したのだ』と。
――――そのたった一人が、櫻井さんだなんて――――
友人のままで時雨の隣にいたのは、その残酷さゆえなのかもしれない。
時雨は、自分に好意を持っている男を傷付ける。
本人にその気がなくても、男たちは『傷付けられてしまう』のだ。
時雨に対して本気になれば、なるほど。
時雨は、自分が認めたそのたった一人意外には、ほんの一欠片の愛情さえ与えなかった。
正直なゆえに、残酷。
どうして俺ではなかったのか、と。
嘆いたところで、変わらないのに。
俺はきっと。
そうなることが怖かったんだと想う。
必死になって、時雨に『好きだ』と伝えた時に。
隣にいることさえ出来なくなるのが、とてつもなく怖かったのだ。
俺は『時雨の傍にいることが出来なくなる』ことに、何より耐えられなかったのだ。
そんな臆病さを抱えたまま。
俺はこうして時雨と向き合っている。
資料室の中は、自棄に静かだった。