だから私は雨の日が好き。【花の章】
感情
見つめる先には、いつもと変わらない時雨がいる。
変わらないその中にある気持ちを、今はもう知っている。
時雨の傷の深さを。
俺が埋められるわけがない。
俺が、櫻井さんの代わりになど。
なれるはずがないんだ。
目線を外すと、時雨が自分の左腕を掴んでいるのがわかった。
右手が少し震えている。
しっかりと掴まれた左手は、スーツに皺が刻まれるほど力が入っていた。
緊張なのか。
警戒なのか。
もう、どちらでもよかった。
時雨が俺に対して何かの感情を持っている。
いつもの同僚以外の俺を見つけてくれた。
ずっと『気付かれないように』と。
そればかりを考えていた。
時雨に想いを寄せている一人になる。
その覚悟が俺にはなかった。
『居心地のいい同僚』というポジションを、手放したくなかった。
俺の表情が緩んだのを見つけて、時雨は右手の力を抜いた。
その右手がなんだか頼りなくて、支えたいと想った。
「もり――――――っ!」
無意識のうちに時雨の右手を引き寄せた。
力の加減も出来ないほど、俺の欲情が高まっていたのだと知った。
初めて強引に抱き寄せた時雨は、想像よりもずっと華奢で柔らかかった。
心臓が破裂しそうに鳴る。
さっきまでの一メートルがゼロセンチになる。