だから私は雨の日が好き。【花の章】
「どうすればいいの?」
俺の意識が遠のいているせいか、時雨の声がとても小さく聞こえた。
時雨の声が、身体の器官をすり抜けて胸まで直接届く。
俺は、自分の身体が自分のものではなくなっていく気がした。
このまま抱き締めるべきなのか。
それとも、この手を離すべきなのか。
どうすることも出来ないまま、腕に力を込めたり、少し緩めたりを繰り返していた。
その度に、時雨のベビー・ドールが鼻先をくすぐる。
俺の脳に焼き付いてしまった、この香り。
ふと、一緒に仕事をしたコピーライターの言葉が頭の中に浮かんできた。
『香りは、一生消えてはくれない。だから人は、知っている香りを見つける度、その香りの主(あるじ)を想い出すのよ。浮かんだわ、最高のコピー』
――――何があっても、この香りを忘れない――――
「少しだけ、このままでいてくれ」
そうして、今までよりも強い力で時雨を抱き締めた。
今までで一番、近づけるように。
勢い余って壁側に押し付けるカタチになってしまって。
時雨がどこにもぶつからないように、そっと、けれど出来るだけ近付くように抱き締めた。
時雨の両腕が投げ出されたまま、どうすることも出来ないでいるのが見えた。
それでいい、と想った。