だから私は雨の日が好き。【花の章】
時雨に何かを伝えるには遅すぎて。
時雨の今の気持ちを大切にすることを、結局俺は選ぶんだ。
自分の気持ちに嘘をついたわけでも、自分を殺したわけでもない。
俺には、時雨に伝える気持ちより、時雨自身が決めたことの方が大切だったんだ。
それでも、身体は正直だった。
俺の腕が時雨に絡みつけばいい、と想った。
俺の体温が時雨に移ればいい、と想った。
このまま離れられなくなればいい、と願った。
時雨が自分のスーツを握り締める。
俺に抱き締められることに耐えているのがわかる。
時雨を苦しめていることが、俺を余計苦しくさせる。
最後の、我が儘だから。
許してくれ。
もう少しだけ。
ほんの少しだけ。
動くたびに互いのスーツが擦れる音がして、胸の奥でその音を閉じ込めた。
衣擦れの音がこんなにいとしいものだと。
教えてくれたのは、きっと時雨ではない人だ。
けれど、衣擦れの音がこんなにも切ないものだと教えてくれたのは。
紛れもなく時雨なのだ、と想った。
触れ合うこともない。
混ざり合うこともない。
俺達の気持ちが交差することは。
絶対に、ない。