だから私は雨の日が好き。【花の章】
「時雨、今何考えてる」
そっと頭に頬を寄せる。
その髪の感覚でさえ、憶えていたかった。
「・・・森川のこと、考えてる」
残酷な答えだな、と想う。
正直過ぎるその答えは、俺の理性を飛ばそうとしているようだった。
そんなわけはないのに。
「何を?こんなことされてるから?」
腕の力で必死に耐える。
強い力だけれど、出来る限り優しさが伝わるように願った。
時雨が苦しくならないことを。
心から、願った。
「森川は、優しいな、って思って」
「優しい?」
「そう。優しい」
優しさ。
そんなものがあったら。
今、お前をこんな風に抱き締めたりしない。
お前の気持ちを、揺さぶったりしない。
自分の気持ちを、押し付けたりしない。
少し上を向いて、熱くなった目頭を冷やす。
どうか、こんな俺の気持ちに気付かないでいてくれ、と。
また、同僚に戻るから。
また、友人に戻るから。
また、飲み仲間に戻るから。
そんなことを考えていると、時雨が笑う気配がした。
緊張していたはずの身体から、すっと力が抜けていた。
何かを諦めたのか。
それとも、何かに気付いたのか。
この距離にいると、わからなくていいことまでわかってしまう。
俺には近すぎる距離だな、と想う。
「結局、自分の言いたいことではなくて、私が想ってることを聞こうとするんだね」
その言葉は、俺への賛辞だった。
それだけで今、此処にいてよかった、と言える。
どんな結果も、俺の出した答えだ。
そんな風に想うことが出来た。