だから私は雨の日が好き。【花の章】
でも、櫻井さんはきっと違う。
あの人が見ているだけのはずがないんだ。
きっと時雨の傷をえぐるだろう。
そして、それ以上に自分に傷をつけるだろう。
そうすることで、時雨の奥底にあるもの全てを、そっと支えてくれるだろう。
それが出来るのは、同じ気持ちを知っているからなのだと知っていた。
大切な人を失った気持ちを共有できることとか。
神経を研ぎ澄まし、人の感情に気付くこととか。
幸せになる覚悟、とか。
時雨が前に踏み出すために必要なものを、櫻井さんはいつも与えてくれるのだろう。
想像でしかないけれど、そんな気がしてならなかった。
時雨の出す答えは明白で、俺は答えを聞かなくても、その声を胸で響かせることが出来た。
凛とした真っ直ぐな声で。
迷いなく、突きつけてくれ。
そうしなければ、元に戻れないから。
もうすぐ、この腕を離さなくてはいけない。
この腕を離した瞬間に、時雨が誰のものか思い知ることになる。
わかっている。
最初から、わかっていた。
俺には『自分が傷ついても構わない』と言えるほど、時雨を支える自信など無かったのだから。
それでも。
ほんの一瞬でも、俺の腕の中に閉じ込めてみたかった。
時雨が俺に触れてくれることがなくても。
俺が時雨を『守っている』のだと。
感じたかったんだ。
抱き締めた腕に、もう一度だけ力を込めた。
もう二度と抱き締めることのない時雨の温もりを、胸の中に閉じ込めた。