だから私は雨の日が好き。【花の章】
時雨の視線が突き刺さる。
何か、不安に感じているのかもしれない。
大丈夫。
少しだけ時間が経てば。
いつも通りに出来るから。
お前の傍から、いなくなったりしないから。
顔を上げて時雨を見つめる。
こんな風に、想い人として。
見つめるのは最後にしよう。
自分の手を時雨に伸ばす。
目の前の時雨までの距離はほんの少しでも、埋められないほどの心の距離を感じていた。
触れてはいけないもの。
俺のものではないもの。
今だけ。
俺の『想い人』として。
触れさせてくれ。
俺の出した答えは、あまりにも俺らしくて。
なんだか櫻井さんに報告したくなった。
こんなことを想うのは、可笑しいのかも知れないけれど。
それでも。
聞いて欲しい、と想った。
「それでいい」
そっと触れた時雨の頭は、いつもと同じ感触がした。
何も変わっていないことに嬉しくなって、思わず笑った。
目が合った時雨は、とても嬉しそうな顔をしていた。
もう少しだけ。
嘘をつかせてくれ。
「時雨が本当に櫻井さんが好きなのか、確かめたかっただけだ。流されてるんじゃないか、と思ってたからな」
そんなこと。
聞くまでもなく分かっていたけれど。
そういうことに、しておいてくれ。
「それで、あんなこと?」
「ダメか?」
俺がそう言うと、きょとんとした顔をしてけらけらと笑い出した。
『全くもう』という声が聴こえてきそうな顔で俺を見ていたので、もう一度頭の上の手に力を込める。
俺の気持ちに気付かない鈍感さに呆れていた。
それと同時に、気付かれなくて良かった、とも想っていた。