だから私は雨の日が好き。【花の章】
「言われてハッとしたよ。あぁそうか。こいつらが求めているのは『理想の上司』ではないと。『本当の俺』なんだと」
聞きなれない『俺』という響き。
社会人になり、課長クラスの役職の人が一人称で『俺』を使うのはプライベートだけだと知っている。
ある部署を除いては。
だからこそ新鮮であり、目の前の篠崎が『本当の篠崎』なのだと分かった。
「それからは、少しずつ本当の自分を見せるようにしているよ。長年相手に合わせて生きてきたから、簡単ではないけどね」
「ええ。その気持ちは、よくわかります」
「でも、正直になるというのは自分を楽にしてくれる。自分が『相手に好かれよう』としなければ、面倒な駆け引きや関係も持たずに済む」
「・・・」
「確かに周りに女の子はいなくなったけれど、その代わりに部下がいてくれる。こんな幸せなことはないじゃないか、と僕は思うんだけどね」
篠崎は張り付けたような笑顔と、素の顔の両方が見え隠れするようになった。
紡いだ言葉が本音なだけに『面倒な駆け引きや関係』という部分は気になったけれど。
少なくとも、嫌悪の対象、という枠からは外れた気がした。
「噂に違わぬ方かと思えば、また違う顔を見せる。これも駆け引きでは?」
「否定はしないよ。こうでもしないと君は、見向きもしてくれないだろうから」
さらりと吐かれる甘い台詞に、侮れないヤツ、という認定をした。
吐き出した紫煙がゆらゆらとテーブルを包む。
目の前の男は、本気だった。