だから私は雨の日が好き。【花の章】
話し込んでいるとあっという間に二時間が過ぎており、ラストオーダーを聞きに来た店員さんに延長をお願いする美憂の姿があった。
私の方をちらと見つめ、小さく頷いた美憂。
空気の読める後輩は本当に仕事が出来る。
「篠崎さん。私は失礼しますね」
「君が帰るなら僕も――――――」
「せっかく打ち解けた部下の方々を、置いてけぼりにするのは感心しませんね」
「部下を引き合いに出すなんて、酷いな」
「褒め言葉と取らせていただきますわ。楽しいお時間をありがとうございました。みんなも、程々にね」
篠崎の部下たちは残念そうな顔をし、私の後輩たちは心底安心したような顔をしていた。
結局、仕事の顔を崩すことなく私は退席をした。
思ったよりも楽しめたけれど、結局は私の心が空っぽなのを明確にしただけだった。
店を出て外に出ると、季節外れの冷たい雪が降っていた。
温度の低い時特有の粉雪ではなく、水分を含んだ重たい雪。
そんな雪でも私の心を苦しくさせるのは十分で。
いまだに傷ついていることを思い知らされた。
『直属の部下ではない』と呼ばれた人物。
簡単に思い浮かぶ程、まだこんなにも苦しい。
あの人を想い出すのは苦しいばかりだと想うのに、離れてしまうと優しかった面影ばかりが浮かんでくる。
この息苦しさを連れたまま家に帰るわけにはいかない、と。
私は重たい雪の中を歩き始めた。
身体に積もる雪は、自分の気持ちのように重かった。