だから私は雨の日が好き。【花の章】
「亜季、知り合いか?」
「うーん、知り合いってほどでもないけど。同じ会社の人。部署も違うし、接点もほとんどない」
「へぇ。周りは若そうなのに、一人だけ落ち着いてるな」
「うん、私も驚いた。でも彼、確か二十七よ」
「えぇっ!?マジかー」
そう言って窓際のテーブルに二人で目をやる。
飛んできたオーダーはビール七個という、なんとも若者らしいオーダーだった。
周りの話を聞きながら時折見せる笑顔は、表情を隠している訳ではないとすぐに分かった。
彼は『表情を作るのが上手くない』のだ。
ちゃんと見てあげれば一つ一つの仕草に表情が有り、しぐさから感情が読み取れる。
不器用な彼を見ていると、必然的に想い出す人物が浮かんできて目を逸らした。
その人物は。
今、世界で一番傍にいて欲しい人、と。
今、この世で一番会いたくない人の二人だったから。
「亜季、悪い。ちょっと手伝ってくれたりするか?」
「えー。私お客様なんだけど」
「飲み代はナシでいいから。頼むって」
「次回も奢りなさいよ」
「・・・仕方ねぇ。手を打とう」
週末の兄貴の店が忙しいことは知っていた。
そこでゆっくり飲もうなんて、実は更々思っていなかった。
此処に来れば。
ゆっくりすることはないと知っていたから。
あの人のことを考えずにいる時間が、今の私には必要だった。