だから私は雨の日が好き。【花の章】
なんとも適当な兄に、開いた口が塞がらない。
そもそも、森川君と私に接点なんてほとんど無いに等しいのに。
何を考えてるんだ、バカ兄貴。
「え・・・っと。なんだか、ごめんね」
「いえ。こちらこそ、申し訳ないです」
「とりあえず、飲んだら帰りましょうか。明日、仕事は?」
「午後からイベントが一件。ですが、現場視察なので大丈夫です」
こういう発言には、やはり年齢なりの若さを感じる。
当たり前か。
彼は二十七歳で、私は三十三歳。
六歳の年の差が大きいことは、自分の部署でよくわかっていた。
「じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
水割りを飲み込んだ彼は、一口飲んでそのグラスを見つめた。
何の変哲もないグラスのはずなのに、彼にとってはそうではないようだった。
テーブルにグラスを置いて自分のポケットに手を伸ばす。
しかし、何かに気が付いたように私を見た。
どうしたのかと思い首を傾げると、ほんの少し眉を下げ表情を変えた。
「あの」
「何?」
「煙草、吸ってもいいですか?」
「あぁ、どうぞ。私も吸うから気にしないで」
口元を少しだけ緩ませ、すぐにまた表情を無くす。
そのままポケットからマルボロメンソールを取り出した。
手に取られた煙草と重ねられた安っぽいマッチ。
火を付けた時の匂いと立ち上る煙。
――――――『煙草は救いだよな』――――――
目が合った森川君は驚いた表情をしていた。
惜しげもなく目を開いて誰が見ても『驚いている』とわかる顔で。
そして兄貴に声をかけ、私を攫うように店から飛び出した。
どうしたのかと問いかけるよりも嗚咽を堪えることに精一杯で。
涙を流したまま強く惹かれる手と背中に付いて行った。
私を引く手は信じられないくらい熱くて。
あの人ではないのだと、実感させられる温度だった。