だから私は雨の日が好き。【花の章】





何を話すわけでもない。

無言の空間に耐えられず、ただビールを煽る。

元々口数が少ないであろう森川君から、会話が振られることはなかった。

かと言って、私から何を話しかけたらいいのかも分からなかった。


時折、缶がペキという音を立て炭酸が泡立つ音がする。

あまりに緊張感のある空間に、ここがラブホテルであることを忘れそうだった。


落ち着かなくなり自分の鞄から煙草を取り出す。

その気配を感じて、森川君がふと目線を寄越した。




「あの・・・」


「何?」


「煙草、頂いてもいいですか?」


「え?あぁ、どうぞ」




煙草とライターを手渡すと、小さく『すいません』という言葉が返ってきた。

大きな体で私のとても細い煙草を吸う姿は、とてもアンバランスだ。

火を付けると私に煙草を返してくれる。

ほんの少し触れた手は、やはり温度の高い手だった。




「私ので良かったの?自分のもあるでしょう?」


「・・・えぇ」


「好きに吸っていいわよ。テーブルに置いておくから」




軽く頷く森川君を見て、私も紫煙を吐き出した。

お酒と煙草は相性がいい。

この二つは、私を救ってくれる気がしていた。

煙草を吸いながらビールを飲み込む森川君。

大きく一口ゴクリと喉を鳴らして、ビールの缶を軽く潰した。




「もう飲んだの?」


「はい」




なんてことないように言う彼は、さっきよりも熱を帯びた目をしていた。

よく見ると感情や表情が滲み出る彼は、色気と幼さの中間にいるようだった。




< 89 / 295 >

この作品をシェア

pagetop