だから私は雨の日が好き。【花の章】
「勝手に連れてきておいて、本当に申し訳ありません。でも、お願いします。・・・帰ってもらえませんか?」
彼の言葉はどこか懇願めいていて、私は小さく頷いた。
それが見えていなかったようで。
真っ黒な大きな目を私に向けて、射抜くように私を見つめた。
その目を見て、気付いた。
彼は私を見ていない。
『私を通して誰かを見ている』と。
その先にいる人物が、先日フラれてしまった人だと分かったので。
私はもう一度頷いた。
「わかったわ。もう大丈夫だから、帰るわね」
「・・・すみません」
「謝るのは私だわ。迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
彼はボイスレコーダーのように『すみません』と繰り返していた。
痛々しいその姿に何を言っても聞こえないだろうと思って、私はそっと頭を撫でてあげた。
さっき彼がくれたのと同じくらい、優しい手つきで。
「貴方も、苦しいのね」
貴方『も』。
無意識に口をついて出た言葉に、反応したのは森川君だった。
頭を撫でる私の手をやんわりと外し。
じっと私の顔を見つめていた。
真正面からしっかりと顔を見たのは、これが初めてで。
真っ直ぐに向けられる視線とその中にある真っ黒な瞳が印象的だった。
企画営業部の中では特別綺麗なわけではない顔立ちだけれど。
知的で端正な顔をしている。
表情がないわけでは決してなく。
むしろ、この瞳が彼の感情の全てを映しているようだった。