だから私は雨の日が好き。【花の章】





「・・・杉本さんも、苦しいですか?」


「・・・そうでもないわ」


「俺は、苦しいですよ」


「・・・そう」


「杉本さんといると、今一番妬ましい人を想い出しますから」




森川君はそう言って、目を逸した。




――――今一番妬ましい人―――――




その言葉に、私はハッした。

この人が想い出す人に、心当たりがあり過ぎて。

胸の奥が苦しくなるのを止められなかった。


気持ちを押し込めるように、鞄を手に取って立ち上がる。

コートを着て身支度を整え部屋のドアに手をかけた。

ソファーには私の方を見ない森川君が座っていて、その人に目を向ける。

微動だにしない彼に向かって、私は無意識に言葉を放っていた。




「・・・私もよ。貴方を見ると、今一番逢いたい人と、世界で一番会いたくない人を想い出すわ」




言葉を放って扉を閉める。

閉じた扉の音は、やけに重く耳に残る音だった。




彼は、私と同じ二人を想い浮かべている。

浮かべた人物に対する想いは正反対のものでも。

私達は、顔を合わせればその二人の影を見つけ。

そして苦しくなるのだとわかった。




櫻井 圭都(サクライ ケイト)。

私が初めて愛した人。

そして、森川君が『今一番妬ましい』と言った人。


もう一人が、山本 時雨(ヤマモト シグレ)。

圭都の恋人であり、私が世界で一番会いたくない人。

その人は、森川君の想い人なのだろう。




ラブホテルの玄関のドアを開け、そして私は閉めた。

廊下に響く音がして、その音は閉めたドアの外に吸い込まれていった。



何かを考えたわけではないけれど、私は森川君のいる部屋に向かって足を進めた。




< 92 / 295 >

この作品をシェア

pagetop