だから私は雨の日が好き。【花の章】
「・・・杉本さんも、苦しいですか?」
「・・・そうでもないわ」
「俺は、苦しいですよ」
「・・・そう」
「杉本さんといると、今一番妬ましい人を想い出しますから」
森川君はそう言って、目を逸した。
――――今一番妬ましい人―――――
その言葉に、私はハッした。
この人が想い出す人に、心当たりがあり過ぎて。
胸の奥が苦しくなるのを止められなかった。
気持ちを押し込めるように、鞄を手に取って立ち上がる。
コートを着て身支度を整え部屋のドアに手をかけた。
ソファーには私の方を見ない森川君が座っていて、その人に目を向ける。
微動だにしない彼に向かって、私は無意識に言葉を放っていた。
「・・・私もよ。貴方を見ると、今一番逢いたい人と、世界で一番会いたくない人を想い出すわ」
言葉を放って扉を閉める。
閉じた扉の音は、やけに重く耳に残る音だった。
彼は、私と同じ二人を想い浮かべている。
浮かべた人物に対する想いは正反対のものでも。
私達は、顔を合わせればその二人の影を見つけ。
そして苦しくなるのだとわかった。
櫻井 圭都(サクライ ケイト)。
私が初めて愛した人。
そして、森川君が『今一番妬ましい』と言った人。
もう一人が、山本 時雨(ヤマモト シグレ)。
圭都の恋人であり、私が世界で一番会いたくない人。
その人は、森川君の想い人なのだろう。
ラブホテルの玄関のドアを開け、そして私は閉めた。
廊下に響く音がして、その音は閉めたドアの外に吸い込まれていった。
何かを考えたわけではないけれど、私は森川君のいる部屋に向かって足を進めた。