だから私は雨の日が好き。【花の章】
背徳
目を覚ますと、森川君の姿はなかった。
普通のホテルと違い窓がないので、太陽の眩しさで時間を確かめることも出来ない。
枕元にある時計を見ると十一時を過ぎていた。
十時チェックアウトのはずなのに完全に寝過ごした。
今日は休みだし、のんびり寝るのも悪くないと思ってもう一度布団に潜り込んだ。
こんな風にラブホテルに置き去りにされるのも久しぶりだ。
大抵は私が置き去りにして帰るので、自分がぐっすり眠ることなどない。
相手が寝たのを見計らって、そっと抜け出すことが自分で決めたルールだった。
それなのに。
今日はどうしてこんなにも眠れたんだろうか。
考えても仕方がない。
とりあえず何か緊急の連絡が来ていないかどうか、自分の携帯電話を確認する必要があった。
シーツを巻いて鞄の置いてあるソファーへ向かう。
いくら休みとは言えど、社長から連絡がないとも限らない。
まぁ、海外出張の間は問題がないと思うけど。
ソファーの鞄に手を伸ばそうとする前に、テーブルの上にある灰皿が目に付いた。
そこには、森川君の煙草が一本もなかった。
その代りに私の吸っている煙草が、数本吸い殻になっていた。
「・・・案外、性格悪いわね」
灰皿の横には、安っぽいマッチとマルボロメンソールが置いてあった。
その下に備え付けのメモ紙。
丁寧な文字のくせに無骨で荒々しい。
『これでも吸って、櫻井さんを想い出してください。
代わりに煙草は頂いていきます。
支払いは済んでるので、ごゆっくり』
最後には、ご丁寧に電話番号とアドレスが並んでいた。