だから私は雨の日が好き。【花の章】
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「どうして杉本さんは櫻井さんの話しないんですか?」
情事が終わると、森川君は突然敬語に戻る。
さっきまでの人とまるで別人のようで、最初はとても戸惑った。
そんな戸惑いも最初の一か月くらいで。
半年も過ぎた今は、必要な『境界線』なんだろうな、と納得していた。
彼は、私に踏み込み過ぎない距離を保っていた。
私だって同じように、彼に踏み込まず、自分に踏み込ませずというスタイルを貫いていた。
『寝ながら煙草を吸うのだけは絶対に許さない』と言った私の言いつけを律儀に守っている彼は、ラブホテルのソファーに座って私の方を向いていた。
ベッドで横たわっている私に向かって投げ掛けた質問は、あまりに唐突で。
どうしてそんなことを聞いてきたのかと、起き上がって目線を合わせた。
七年間ずっと『圭都の香り』だと想っていたマルボロメンソールの煙は、もはや『森川君の香り』と呼べるほど、彼に馴染んでいる。
「別に理由なんてないわ。したいと想わないだけよ」
その言葉は素直な感想そのままのはずなの、自棄に刺々しい言葉になってしまった。
笑いもしなければ怒りもしない彼は、ただ煙草をふかしていた。
煙の奥にいるので瞳の中が見えない。
彼の感情は、その瞳以外で理解することが出来ないと、この半年の間に学んでいた。