潤うピンクの魅惑キス
「あの」
ふと、その唇が言葉の形を作る。
ソプラノよりも少しだけ低い声が、時任を呼んだ。美しい。
彼女の唇が動く度に、まるでゼリーのようにぷるんと跳ねる。
食べてみたい。
吸い込まれるように、時任は名前も知らない女性に近づいていった。
ふに、と自分のカサカサの唇に触れる、マシュマロのような触感。
なんだこれ。
気持ちがいいぞ。
もっと味わいたくて、さらに唇を押し付けようとして、頬に鈍い痛みが走った。
「なっ、なにするんですか!!」
「い、いてぇ……」
彼女が時任を殴ったのだ。
突然キスをされて憤慨した女性が声を荒らげて、資料を時任に押し付ける。
そのまま走り去っていってしまって、時任は間抜けな声を出した。
しばらくその場にしゃがみこんだまま、走り去る彼女の後ろ姿を見送る。
突然、胸元の携帯が盛大に震えて、時任ははっとした。
「あ、俺、キス……」
さきほどの、自分がした行為を思い出して顔が青ざめる。
いったい自分は彼女に何をしたんだ。見ず知らずの他人に、突然キスされたら、そりゃ誰だって殴るし逃げる。
通報されなかっただけマシだ。
ふと時計を見る。
9時半をまわっていた。
「あー……! 会議……!」
俺の人生、終わった。