潤うピンクの魅惑キス
ふと向かいのベンチ視線をよこすと、そこでアプリコットが揺れた。
その女性には見覚えがある。
ショートボブに、ぱっちり二重が特徴で、印象的なぷっくり唇が箸をくわえてこちらを凝視している。彼女が急いで弁当を片付け、その場から去ろうとした。
いや、待って、逃げないでくれ。
時任も急いで弁当を片すと、背中を向けて去っていく彼女を追いかける。
「待ってくれ!」
「待ちません!」
細い手首を掴んで、時任は自分の方へ彼女を引き寄せた。
「お願いだ。話を聞いてくれ、俺はやましい気持ちがあってキスをしたんじゃない」
「見ず知らずの他人にキスをするなんて犯罪ですよ、私が訴えたらあなた負けます」
それはごもっとも。
ぐっ、と言葉を飲み込んで、時任は咳払いをひとつする。
「俺は、時任栄江。そこの西条ビルで働いている。君は?」
彼女の目が驚きで見開かれる。
まず、返事はないだろう、と時任は踏んだ。犯罪者と思っている人間に、名前を明かすとは思えなかったからだ。
けれど、返答は意外なものだった。
「……私も、西条ビルで働いてます」
「名前は……?」
「……原田芽衣」
「原田さん。この間はすみませんでした!」
勢い良く、時任が頭を下げる。
それに驚いた原田が慌てて「顔をあげてください」と時任をなだめた。