お姫様と若頭様。【完】
「…まだ忘れられねぇか?」
気づけばそう口にしていて…。
ホントはこんなこと言うつもり
なかった。
ただ、"また空見てたのか?"とか
"ここ少しさみぃだろ?"とか。
そんな何気無いことを言うつもりで。
俺自身、言ったことに驚いていたが、
彼女もまた俺がそのことに触れると思っていなかったのか目を見開いていた。
こんな核心をついてしまう
ようなこと、
今の彼女には危険なのに。
でも言ってしまった手前、
訂正なんて出来なくて。
ただただこの寒くさみしい空間を
助長させるような、
長く重たい空気が2人の間に流れた。
「……忘れるなんて、出来ないよ」
それはやはり予想通りの応えで…。
外れて欲しいと願う反面、どこか
やっぱりという気持ちがあった。
「…私にとって全てだった。
……彼が私の全て。
幸せは、
彼がいてこそ成り立ってた。
彼が見えなくなって…少しだって
完全な幸せを想像出来なくなった。
あの時…私は"完全に"幸せだった。
家のことがあって、
あの方のことがあって、
学校のことがあって、
過去のことがあって…。
それでも私は、
それを完全な幸せだと思えた。
もうこれ以上は
なにもいらないと思えたから」
そう言う彼女の目は強くて、
光が灯っていて、
"あぁ、これがあいつが惚れた目だ"
って、すぐ理解した。
これを"人を惹きつける力"って
言うんだろうな…。
「自分を大切に出来た。
だって彼が大切なものを、
私も大切にしたいと思ったから。
私なんかってずっと思ってた。
でも彼は、
こんな私を受け入れてくれた。
それだけでもう、
私は本当に救われたの…。
私の存在意義を、
家以外で初めて見出せた」
自分の存在する意味なんて、
家を維持する為だけだと
思っていた彼女。
そんな彼女を変えたのは
あいつの一言だった。
『じゃあ俺が、
存在意義になってやる。
お前のこと、俺が必要とする。
楪が大切なものを見つけるまで
俺の為に生きて…?』
皆の前で彼女が初めて"闇"を
見せた時、あいつが放った言葉。
この言葉に、
彼女はどれほど救われただろう。
あんなに熱くて人間らしい奴は
あいつ以外いない気がする。
それにお前はわかってない。
今この瞬間が、どれほどあいつを
傷つけていることか。