御主人様のお申し付け通りに
「永田ってさぁ…」

「…ちょっと、黙ってろ」

うぅっ!…

永田は、おやじくさい溜め息を付いた。

やっぱりコイツ、怖い。

私はしばらく黙っていた。

チャポーン♪と湯船から音がした。

すると、

「…やけに、聞き分けがいいじゃねぇか。何か有ったのか?」

「別に、私の事なんて、あんたに関係ないから言わない」

「関係ないけど聞きたいねぇ」

「言わないってば!」

私はプイッと、反対側を向く。

「ト~シ~コッ」

「気安く私の名前を呼ぶな」

「あっそ」

あれれ。

甘えた声で呼ばれたから、ドキッとしたのに。

永田はバサッと、立ち上がる。

ヌオッっと!

目の前で、またしてもフル●ン!

私はびっくりして、視線を大きくそらした。

堂々と何一つ、隠さずにいる永田の背中を見た時に。

ドキッ…ドキッ…ドキッ…とした。

それから、私は他の意味でも、恥ずかくなった。

甘えたくないのに、甘えて。

自分らしくとカッコつけながらも、その代償にお金にシビアになってて。

別れた旦那とディープキス。

永田の広くて大きな背中に、どうしようもない私の姿が写ったのだ。

「…な、永田っ」

思わず、名前を呼んだ。

「あぁっ?なんだ?」

振り返る瞬間に、私は湯船から飛び出して、その背中に抱き付いた。

「ね、永田。今夜一度だけ私を抱いて欲しいの」

「えっ?」

意外に、永田は戸惑った表情をした。

「…はぁ~っ…」

深い溜め息を付いて、仕方ないという感じで返事をされた。

「分かった」

今夜の私はおかしい。

おかしくならなきゃ、元旦那とキスした自分が消えていかない。

それが、どうしても嫌で。

早く、それを記憶から消し去りたい。


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